
『みっちゃん』の店名は、井畝満夫の子ども時代の愛称です。
創業当時の『美笠屋(みかさや)』から『みっちゃん』に変えたのにも理由がありました。
たくさん並ぶ屋台の中から、知り合いに自分の屋台を見つけて来てもらうために、
すぐに分かるようにと自分の愛称を店名にしたのです。
このアイデアも周囲に広がってみんなが愛称を店名に使うようになり、「○○ちゃん」という名前のお好み焼屋が多くなっていきました。

「み」が3つのロゴができたのは昭和47年頃のこと街の中で「広島駅・八丁堀(新天地)・紙屋町」この3拠点を握っていれば広島の街を制することができる!と言う、『みっちゃん』のお好み焼に懸けた野望の表れなのです。

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屋台での創業
「美笠屋」の名前で、中央通りにお好み焼屋(屋台)を創業。
後に東新天地公共広場(現在の広島市中区新天地)に移転。
病弱な父に代わって19歳の『みっちゃん』が営業。
創業当時は、生地にネギとわずかな野菜をのせて焼いた「おやつ感覚」のものでした。 |
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お好み焼ソースの誕生!
『みっちゃん』のひらめきで、ドロッとした「お好みソース」が誕生!
鉄板とヘラのスタイルも登場
このころ鉄板の上でへラを使って食べるスタイルや木製柄付きヘラが誕生。
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店名を「美笠屋」から『みっちゃん』に変更 |
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屋台を西新天地公共広場に移転
(現在の広島パルコ周辺)
50軒ほどの屋台が密集。
このころ『みっちゃん』は、どうすればお腹いっぱいになる
お好み焼に改良できるか、日々考えていました。
そして昭和30年頃 遂に・・・・
「そば」の入ったお好み焼の原型が完成!
具が充実して2つ折りから円形へと変化。
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広島駅に最初の店舗を出店!屋台から「店舗」の時代に
広島市の条例により、屋台が立ち退きに。
広島駅ビルに『みっちゃん』最初の店舗を出店。
あまりのお客さんの多さに、大阪までキャベツ切りの機械を買いに行ったほど。
(※ちなみに現在は、職人を育てるために手で切っています) |
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みっちゃん総本店の1号店を八丁堀に開店
開店と同時に大人気となった総本店。
開閉し過ぎでよく壊れていた「引き戸」を「自動ドア」に替えることに。 |
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みっちゃん総本店を現在の場所に移転!
そのころ、福屋八丁堀店も開店。 |
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みっちゃんチルド発売
本場の味をご家庭で味わえるチルド商品の発売をスタート。
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みっちゃん総本店 広島新幹線名店街店を開店 |
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みっちゃん総本店リニューアル&
屋台時代の味を伝えるべく、夜の鉄板焼きメニュースタート。
昔のお好み焼屋は、定食やおつまみなどいろいろなものを提供し、好きな物を食べるスタイルでした。屋台時代からの懐かしい味を楽しいでほしい・・・。そんな思いから、お好み焼はもちろん、お酒を飲みながら、いろいろな料理を楽しんでもらえる店へとリニューアルしました。 |